TEO Side Story TEO Side Story
last updated 1997/06/29

第45話(全130話)

あれは何? これは何?(1/5)




3 あれは何? これは何?

 真っ直ぐ南を目指した一行は、泉から流れ出したせせらぎに添って、せせらぎが川になり、
川が大河となってゆく様子を眺めながら進むこととなった。川の両側には欝蒼とした樹木が渓
谷に添ってどこまでも続き、風に煽られて舞う色とりどりの葉が、さながらカーニバルの紙吹
雪みたいに頭上からひっきりなしに舞い降りてくる。
 ピートであることを隠してマスターになりきろうとしても、それは好奇心旺盛な少年にはと
ても難しいことだった。どうしても「あれは何?」「これは何?」と指さしてマリカやフィン
フィンに尋ねずにはいられない。
 こんなふうにテオの風景や生態系について、何も知らないと気づかせるように振る舞うのは
、秘密の露見につながるだろう。もしぼくが敵地に乗り込んで変装しているスパイだとしたら
、すぐに正体を見破られちゃうだろうな。だって、お登りさんの観光旅行みたいに、見るもの
すべてに「わぁ」と喚声を上げてるんだもの。
 そうは思うし、出来ることなら「なにもかも先刻承知」というふうにポーカー・フェイスを
保っていたいのだが、やはりピートにはそれは出来なかった。珍しいものを見れば「あれは何
?」と尋ねずにはいられない。尋ねて、納得し、そして心に刻み込みたいという欲求を押さえ
付けることができない。ひとつひとつ納得して心に取り入れることで、はじめて世界の手触り
を実感できるような気がした。そしてポーカー・フェイスでやり過ごしてしまうには、この世
界はあまりにも魅惑的過ぎた。
「ねぇねぇ、あれはいったい何?」
 ピートは川岸で腹ばいになって昼寝をしている大きな山のような生き物を指差した。
 ゾウのようにも見えるけれど、ゾウのように長い鼻は持っていない。ズングリムックリで灰
色の肌をしていることだけが、ゾウと良く似ていた。
「あれはモロンボよ」
 マリカが応える。
「昔はちいさな生き物だったらしいわ。地面に穴を掘って、地中で暮らしてるちいさな生き物
。だけどある時、彼らはもっと太陽のそばに近づきたくなったのね。地面の下で暗闇ばかりを
みつめて暮らしてるのがほとほと嫌になったのよ。それで地面の上に出てきたの。そうしたら
、いつも地面の重さに耐えていた彼らはとたんに身軽になって、地面に押し潰されるようにし
て小さく丸まっていた体がどんどん巨大化しはじめたの。もともと大変な食欲の持ち主で、ひ
っきりなしに虫や木の根っこを食べ続けていた彼らだから、地面の重さがなくなると、食べた
ぶんだけどんどん膨れ上がってしまったの」
「モグラみたいだね。モグラも地面の上で暮らしはじめたら、ゾウみたいに大きくなっちゃう
のかな。だってモグラもたいへんな大食いなんだって聞いたことあるもの」
 言うピートに、マリカはもう何度目かになるが眉をひそめた。
「ねえ、モグラっていったい何よ。ゾウって何? イルカとかモグラとか、マスター、あなた
どこからそんなトンチキな名前を引っ張り出してくるの?」
 言われてピートはハッとする。
 そうだった。下手に地球の動物のことなんか口にしてはいけないんだった。
 押し黙ってしまうマスターをしばしみつめて、マリカはそれもこれもすべて回路不良のせい
だろうと納得した。データが消えてしまった上に、あらぬことばかり口走ってる。他の機能が
回復してくれたぶん、データ処理の混乱はマスターをひどく弱々しくみせていた。体はきちん
と発達してるのに、その体に知識が追いついていない子供のようだ。マリカはそう思った。
 あれは何?
 これは何?
 あそこで何してるの?
 これ食べてもいい?
 そんなふうに目につくものすべてに「?」マークを付けて、周囲にいる人なら誰彼かまわず
に「どうして」「どうして」と聞いて回って、大人をうんざりさせる幼子たち。
 城の中にも侍従たちの息子や娘たちが大勢いて、あちこちで大人たちを質問責めにしていた
。子供たちの、そんな貪欲なまでの知識欲に、大人たちはいつだって両手を挙げて降参し、う
んざりした顔で逃げ出して行っていた。
 マリカは城の様子を思い返し、いまのマスターは、そんな子供たちとまったく同じだと思っ
た。まるで質問することで世界をまるごと食べてしまおうとしてるみたい。知識を増やすこと
で、日々成長して行く体に、心を追いつかせようとしているみたい。
 そんな目で改めて眺めると、短い足でヨタヨタ歩いているマスターが、本当に幼児のように
見えてくる。そして幼児を見れば誰だって守ってあげなきゃいけないって気になるものだ。
 マリカのマスターをみつめる目が不審気なものから母親のまなざしにも似たやさしいものに
変わってきた。自分でそれに気づいて、ほかでもないロボットに愛情のこもった目を向けてる
なんて、あたしどうかしてる、とマリカはタメ息をつく。
 これはまた、回路不良のせいだろうか。
 そう自問した。

(つづく)




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